400ページを超える厚い一冊だった。しかし、読んでいる時間はとても有意義な時間となった。
オリンピックに出るような選手は小さな子どもの頃からその競技に取り組んできたというドキュメンタリーを見ることはよくある。だいぶ前だが卓球の福原愛はまさにそうだし、将棋の藤井聡太もそうなのかもしれない。一つの種目を極めようと思えば、そのトレーニングに1万時間を費やすことが必要だとも言われているようだ。タイガー・ウッズも幼児の頃からクラブを握ってゴルフをしてきたという。
そういった成功体験談を耳にすると我が子にも…思うのが親心なのかもしれない。幼少期から専門特化したトレーニングを行わせることによる弊害はないのだろうか。ある特定の方法によって結果を得られるような種目には効果のある幼少期からのトレーニング。しかし、途中でドロップアウトしていく人も多い。人はそれぞれにいろいろな可能性があるにもかかわらず幼少期にそれを決めてしまうことはかえって危険なことである。
そして、本書には多くの回り道をしながら専門特化せずに最終的に著名な成果をあげた人たちが何人も紹介されている。一つのことを深く深く研究するような専門家ももちろん必要ではあるが、その専門性が判断を誤らせたり応用力を阻害することがある。一方で専門家ではないがゆえに他の分野を応用し目の前の事象の解決策を柔軟に考えたことから大きな成果をあげるひともいる。
どちらが正しいとか効果的とかではなく、一度の人生を若い他者と比較するのではなく常に自分自身と比較することでポジティブに取り組むことが大切であると締めくくられていることに、読者として励まされる。
専門特化した論文はその時には科研費を稼ぎ、注目もされるが、いろんな分野を跨ぎ応用した論文は、すぐには評価されないが、長くそして多くの論文で引用されているということだ。
効率を求めがちだけど回り道や寄り道をしていくことが人生の楽しみだし結果的に回り道が近道だったと感じることもこの歳になると多い。一つのことを極めることが評価されがちではあるが、若いときにいろいろなことをしておくことで助けられることもたくさんある。そして、自分がに専門性がないからこそ、他者に助けを求めて協働もできる。
読みながら大学も学部学科を選択して入学するのではなく、総合的に学ぶ事ができるようなシステムをつくれば、長い目で見ると有望な人材を育てることにつながるのではないだろうか。自分自身もそうだが大学で学んだ専門課程をそのまま就職につなげる学生はそんなに多くはないと思うが、その後の人生でそれが無駄だったと思うことはないからだ。
専門外のことに常に意識を向けることの重要性を学ぶ事ができた一冊であった。そして、読み終えた頃に開会したパリオリンピックを見ながら、若年層の選手が活躍する種目について考える今日この頃。それにしても、やっぱりオリンピックは熱い!



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