産めないけれど育てたい。(池田麻里奈・池田紀行)

ノンフィクション

 最近、特別養子縁組や里親に少し興味がある。家庭科の内容で家族についての講義を聞いていて、いろいろな家族の形があるというところからちょっと調べてみると、日本では社会的な養護が必要な子どもたちのほとんどが児童養護施設で育っているのに対して、欧米では里親など家庭での養育を主として行っている。日本も欧米にくらべ30年遅れてようやく家庭での養育をする方向に向かっているが、特別養子縁組の法的な制度があまりに壁が高く実施されることがかなり難しかった。それが令和2年に改訂されたのだ。これからは一つ一つの家庭がどのような選択をするかということになってきているともいえる。

 さて、前置きが長くなったが今回の本は不妊治療を頑張ってきた夫婦が、その先に特別養子縁組を申請し、そして、家族として成長していく過程が書かれた本である。母である麻里奈さんの話が主となり、父である紀行さんの言葉が続く。やはり、子どもを産むという場面では不妊治療にせよ女性への負担が大きい。ステップアップしていく治療の中でそれでも努力が結果としては現れず、身体的にも精神的にも負担を抱えていく。不妊治療の末に夫婦がボロボロになっていくような家庭もあるというのもよくわかるようなつらい経験である。池田家の二人もやはり子どもが欲しいという夫婦の思いと、その二人の周りからのプレッシャーの中で旦那様の協力の中で夫婦の絆を深めながら不妊治療にゴールを迎えている。

 個人的には特別養子縁組のことについて知りたくて手に取った本であったが、多くの部分が不妊治療の苦しさや辛さがつづられており…確かに「産めないけれど」と題にある通りだと感じた。私の家庭でも不妊治療や流産を経験して実子に恵まれたが、そうでない夫婦も多い。同じように努力して苦しんでも結果はわからない辛い治療である。

 この本では自分の子どもが欲しいけれど、生まれなかったからという理由で特別養子縁組に至ったという過程はあるけれども「特別養子縁組は不妊治療の夫婦のためではない」という言葉に重みがある。全ての子どもが望まれて生まれてくる、そして、子どものための福祉として里子や養子縁組があるのであって、子どもを持てない夫婦のためにあるのではないと考えれば、実子がいる家庭であっても、特別養子縁組や里子を受け入れていくことはできる。むしろそういう家庭がもっと社会的な養護としての子育てを受け入れることができるのではないだろうかと考えながら読むことができた。

 社会的な養育を必要とする子どもが45000人いて、そのうちの85%が児童養護施設、15%が家庭での養護である。欧米ではこの逆の数字である。少子化が問題とされている日本では、堕胎件数が実は多い。そして、大人の都合で苦しむ子どもたちがニュースになることも日常茶飯事となりつつある。もっと社会的な養育の形が変わり、社会の中ですべての子どもたちが幸せに育つ環境が受け入れられ、家族の形が多様化しても受け入れられるような社会を築いていく必要があると考えさせられる本であった。親になるという責任はもちろんあるが、あまりに親に責任を負わせるのではなく社会全体が子どもに優しくなれる国にならなければ少子化は止まらないと思うのでした。

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