坂の上の雲 司馬遼太郎

ノンフィクション

2022年4月25日

 ひとこと、「ついに読み終えた」。あとがきによれば、司馬遼太郎がこの坂の上の雲を書くまでに5年の歳月をかけて調べ、そして新聞紙面には4年間掲載されたそうである。司馬遼太郎の40代は、ほぼ「坂の上の雲」を書くことに費やされた。この本を書いているころの司馬遼太郎と同年代の私は、半年ほどかけてこの本を読み終えた。文庫本で8巻までである。

 まずは、「坂の上の雲」との出会いである。名作であるということは聞いていた。ところが8巻まである本にはなかなか手が出せない。それでも、ある学校の理事の何人かが推薦図書として挙げていることを知った。それではやはり読んでみようと、一冊目に手を伸ばしたのである。最初の頃は、何の話だろう?と思いながら明治初期の情景を思い浮かべながら、個人的にはいまいち興味も湧かずに読み進めた。そして、これが日露戦争について書かれた本であることを知る。(まったく、情けない話であるが…今更である)。

 戦争が始まるまでの状況を読みながら、いよいよ日露戦争が開戦されたわけだが、それを読んでいる同時期にウクライナにロシアが進行し戦火を交えたという一報を聞く。読み進めれば、ロシアが一方的な理屈で攻め入ってこようとするところに、日本が国家滅亡の危機に戦ったわけであるから、なんとなく時代は違えど背景に同様のものを感じるが、やはり現在の戦争と明治期の戦争ではその方法や情報、そして武器も違っている。

 日露戦争について読み進めながら、一番個人的に盛り上がったのは、陸軍と海軍のその性質の違いであり、陸軍の情けないほど形にこだわる精神主義である。特に、この本を読む数年前にたまたま東京の赤坂あたりを歩いていると「乃木神社」なるものを見つけて、これがかの有名な乃木希典が神としてまつられている神社であるかと、感慨深く参拝をしたのを思い出すが、実際には何ともどうしようもない大将であったことを「坂の上の雲」を読んで知るわけである。先日、改めてそのあたりを通った際には、素通りしてしまったのは、史実を知ったからである。

 先の大戦といえば、敗戦国となった日本は、戦勝国に歴史的な見方をゆだねるしかなかったわけであるが、戦勝国となっても日本は日露戦争を神秘的な勝利として、失敗を振り返ることなく第二次世界大戦へと陸軍を中心として突入していくわけだが、結果的には反省しない国は負けるわけだと感じた。今回の歴史小説は、小説として書かれた部分があり脚色されているから、そういう書き方をするのだろうと途中何度も思いながら読み進めたわけだが、結果的に、あとがきを読めば司馬遼太郎は何度も史実を洗いなおして、間違いがあれば書き直したともしているわけで、国家のために命を掛けて戦った先人たちに感謝の念しかない。一方でそういった命を虫けらのように扱った陸軍の行いを知り、大いに考えそしてこういった狂気を二度と行ってはならないと考える。

 この小国である日本が、あの大国ロシアに勝利したわけであるが、その時代であったがゆえにできたことである。この誤りばかりの成功体験をスタートとしたその後の歴史は、原爆投下によってピリオドが打たれるまで長い過ちを繰り返すこととなった。それでも、その時々に日本の未来へ命をかけてくれた方々に感謝するばかりである。

 長い時間をかけて読んだが、そして、読み進めてほとんどの細かい内容は頭に残っていないものの、読んでみてよかったと思うのである。こんな対策の歴史小説を読んだのは初めてだと思う。しかも、8巻のほとんどは、あとがき集で、なんとなく思いだしながら読めたのがよかった。

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