「認められたい」の正体 承認不安の時代

心理学

 最近の自分自身は、「確かなる価値」を求めて悩んでいると自覚している。自分は何が好きなのか?何を楽しいと感じるのか?自分の子どもが生産性のない同じことを何度も楽しそうに繰り返すのを見ながら、自分もこういう時期があったのに…いや、あったのだろうか?と思いながら。

 自分自身の中にある確かな価値とはどこから来るのか。そう考えた時のキーワードは「認められたい」の中にあるのは何となく感じていた。楽しい…これは周りから見たら価値があるのか。誰かが楽しんでいるのか。どうしたいのか…周りの人は何を良しとするのか。

 そういう他者評価の中で、自分を決められず、直感的に楽しむことができない。いつからこんな自分になってしまったのだろう。この本を手に取ったのはそんな時である。書かれている内容は自分の現状を観察するためにはとても役立った。

 「確かにそうだよな。」と感じるところはたくさんある。社会の中での共通の価値が認められていた時代なら、考える必要もなかったことに、多様な社会の中で悩み考えるようになった。身近な人たちからの承認と社会一般の中で承認されるだろうという二つの承認。そして自分を自分が認められるかの根本がその二つの中から作られてくる。どんなに周りに承認されなかったとしても自分で決めたという納得。そんな中で私たちは生きている。

 無意識の中で自分で決めた「ねばならない」にいつの間にか苦しんでいる。それを意識しても次から次へと「ねばならない」が出てくる。なかなか抜け出せないこの状態を分析するのには役立つ本であったが、やはり抜け出すための手当ては自分でするしかないようである。

 さて、この積み重ねられ刷り込まれた価値観と一つずつ向き合いながら、「自分のための人生を歩んでいかなければいけない。」(すでに、なければならぬと使う自分が情けない)

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